LOG IN

品品喫茶譚 第十九回『京都 一乗寺 喫茶アルペ』

by 世田谷ピンポンズ

 最近はもっぱら行ったことのない喫茶店に行ってみるようにしている。というのも、強いてそうやって動かない限り、私はすぐにいつも行っている所に腰を落ち着けようとするからで、それはそれで別に悪いことではないけれど、なんというか万事この調子だとすべてが安定・無難に落ち着いてしまって、刺激もなければ新しい感覚にも鈍感になってしまうと思ったからだ。

 そんなわけで話はもう先週のことになるけれど、私は新しい喫茶店を開拓してきた。「喫茶アルペ」。山好きな店主の営む喫茶店だろうか、そういえば東京の御茶ノ水には「穂高」という喫茶店があるし、などと想像をめぐらしつつ店内に入ると、大音量でクラシック音楽がかかっている。壁には「名曲喫茶アルペジオーネ」と書かれた看板が掲げられていた。アルペンではなくアルペジオ。私もたまにつま弾くあのギターの奏法から取られた店名だった。

 私は名曲喫茶も好きだ。渋谷ライオン、出町柳の柳月堂。名曲喫茶では基本的におしゃべりは御法度なので、ひとりで音楽に浸り、本を読んだりダラッとしたり、ゆっくりと過ごすことができる。名曲喫茶で緊張するのは注文するときで、店員さんに手を上げて来てもらうのだけども、私が手を上げても気づかれないことが本当に多く、店員さんが気づいて来てくれた後も、周りを憚ってただでさえぼそぼそとした声がよりぼそぼそとし、何回も聞き返されることにより、もっと周りが気になってしまう、ということがよくあった。

 さて、アルペには先客が一人。クラシックが好きそうなおっさんだった。おっさんは寡黙にひとり座っている。その佇まいはいかにも音楽をひとり咀嚼し愉しんでいるように見えた。気をつけなければならない。それにしても名曲喫茶のわりにがっつりとした御飯の豊富な店だ。スパゲッティや御飯ものが充実している。席の感じも私の知っている名曲喫茶よりも、街の喫茶店といった風情で、正直ここが普通の喫茶店なのか、名曲喫茶なのか分からない。横山光輝の三国志も十八巻まで置いてあるし、スピーカーの上から無数のフクロウのオブジェがこちらを見ている。関係ないが空調のスイッチも異常に高いところにある。ここがどんなコンセプトだったにしろ、とりあえず大人しくしていれば問題ないだろうと思った。

 少しして、老女の二人組が入ってきた。彼女たちは席に着くと早速周りを憚ることなく喋り出した。自然と大音量のクラシック音楽のそれよりもさらに大きな声を出している。もちろんそうしないとお互いの声が聞こえないわけだけれども、クラシック音楽と張り合うように、いやある意味でそこにある音楽を完全に黙殺するかのように、彼女たちは自分の健康の問題について声を上げている。普段よりも相当声を張っていることに自分たちで気づいているのだろうか。こちらが心配になってしまう。と、おもむろにうしろのおっさんががっつりと飯を食い始め、げっぷを連発しだした。音楽を愉しむ姿勢はそこにはなかった。もはや何なのかわけがわからない。店主が持ってきてくれた調味料入れには「any time any where」と書かれている。テーブルの真ん中に挟まれた「屋久島」と書かれた栞も気になった。とにかく気になる点が多すぎる。しかし居心地は悪くないのが不思議だった。また来なくてはならない。外に出ると店に入るときには降っていた雨がすっかり止んでいた。急にお荷物になった傘を両手で弄びながら、私は家路についた。

OTHER SNAPS