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品品喫茶譚 第二十回『京都 衣笠 珈琲工房』

by 世田谷ピンポンズ

 ファーストフード店の二階でハンバーガーを食べている。私はこのチェーン店の朝メニューが好きで、早起きした朝には結構な割合でチェーン店に足を運ぶ。いつもセットにするとついてくるハッシュポテトは別に単品でもう一個注文する。私はこのハッシュポテトが食べたくて足を運んでいると思う。この日、金閣寺近くで用事があり、朝早めに家を出発した。しかしもうすぐ目的地に着くというところで相手の予定が急に変わり、三時間ほどのブランクタイムができた。小雨がぱらついており、気温も低い。せっかく咲き始めた桜が散ってしまう、とこんな季節にだけ私は花の心配をする。いい気なものだと思う。先方はとても申し訳なさそうにしていたけれど、私は普段あまり来ない界隈を散歩できるのが結構嬉しかった。三時間あれば喫茶店でゆっくり本を読むこともできる。

「席までお持ちしますね」店員さんがにこやかに言った。

 にこやかに言ったけれども、番号札を置くときの音が強い。気にし過ぎかもしれないけれどこういうちょっとした所作に反応してしまうのは、普段あまり人と会っていないからかもしれないし、昔からそうだったのかもしれない。最近、人が何かをするときに出す音を強いなと感じることが結構多く、地味に感覚を削られている気がする。店員さんがセットを持ってきて下さった後、すぐにヘッドフォンをつけた。音をかき消すために音を鳴らす。駐車場を車がひっきりなしに出入りしている。傘を差さずに走る人、大きめのトランクを引きずりながら濡れそぼっている人、バス停の人達が何度も入れ替わっていく。雨は降ったり止んだりしている。

 このチェーン店からは大将軍という地域も近い。そこはかつてみうらじゅんの実家があった場所である。この近くでのちに「仮性フォーク」として全世界に晒されることになる無数の楽曲が産み出され歌われていたのかと思うと、普段意識していない街の景色に色がつき始める。数十年前、大将軍のどこかの家の二階、電灯のひもにつるされたマイク、歌う青年。「パッチギ」の鴨川三角州。「色即ぜねれいしょん」の拾得。

 チェーン店を出て金閣寺前のバス停のすぐ後ろにある「珈琲工房」という喫茶店に入った。バスで通るたびに気になっていた店だったけれど、なかなかこの界隈に来ることがないのでいままで入ることはなかった。店は落ち着いた佇まいで、お客さんも多かった。一番奥のカウンターの席に案内された。右側には大きな水槽があって、結構大きめの熱帯魚がプカプカ泳いでいる。席について左を見るとそこにも水槽があった。こちらには二匹のクマノミ。水槽の上にはファインディングニモの3Dポストカードが飾られていて、なんだか変な答え合わせをしている気になった。

「私、いつも家から四〇分かけてここに来ているんだ」と二人組の女性の片方が言った。嬉しいとは言いつつ三時間も時間が空いたことに多少苛ついていた自分を恥じた。喫茶店での時間は彼女が過ごすように豊饒なもののほうがいい。珈琲は美味しかった。

 前述した通り、店を出ると目の前がバス停なのである。私は京都に来たばかりの頃、違うバス停で、やはりバス停の目の前にある眼鏡屋のおっさんに怒鳴られたことがあった。その店はバスを待つ人が後ずさりすると自動ドアのセンサーが反応してしまい、ドアが開いてしまうらしかった。ドアのところに結構強めの文字で「バス待ちのとき、ドアを開けるな」と張り紙してあり、私は一度ならず二度までも自動ドアを開けてしまったのだった。私にとっては不幸であり、眼鏡屋のおっさんにとっては日常のイライラの臨界点だった。大人になってから久しぶりに強く怒鳴られたので、バスに乗ってしばらくして私は悲しくて涙がでそうになった。感度のいい自動ドアなんかつけるなよ、と言ってやりたかったが、それもまたズレていると思った。

 珈琲工房はバス停の前であることに全く頓着していない落ち着いた店だった。ドアは自動ではないから開かないし、お客さんも落ち着いた人が多かった。気がつくと私は最後のひとりになっていた。本はあと十数ページで終わる。大きな水槽では青色と黄色の二匹の熱帯魚が並んで水の流れに体をゆだねているのが見えた。マスターだろうか、初老の店員さんがセールスの電話に丁寧に対応し、受話器を置いた。

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