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品品喫茶譚 第二十一回『京都 岡崎 泉輪』

by 世田谷ピンポンズ

 春を通り越して夏めいてさえいた昨日、今年最初のアイスコーヒーを初めて入った喫茶店で飲んだ。ドアを開けた瞬間、マスクを貫通して訪れるタバコの匂いにむせ返りそうになる。お客はその大半がスポーツ新聞や本を片手に眉間にしわを寄せた老人だった。壁には「長寿への道」という紙が貼られている。「腹」という字を横向きにし「はらたてず」、「気」という漢字は長めに書いて「きをながく」、反対側には「命」、こちらも長めに書かれており「いのちながし」で、「気」と発想が被っておりちょっと芸がないなと思ったものの、良い時間つぶしにはなった。カウンターの椅子がなんだか栗みたいだ。秋を思う。季節がすごいスピードで流れていく。アイスコーヒーの冷たさと苦さを口内に残しつつ、外に出るとやはり夏のように暑かった。

 自転車を走らせ、善行堂に寄る。最初、店主の山本善行さんは最近髪の毛を短めに刈った私に気づかなかったけれど、気づいてからは陽気に、最近の私のある仕事についてとても喜んで下さった。私の歩くスピードは決して早くない。でもすぐにまた良い報告ができるように頑張りますから。そう思った。とても嬉しかった。

 夕方になって、昼間の暑さも影を潜め始めたころ、岡崎公園の辺りでもう一軒喫茶店を探し、「泉輪」というお店を見つけた。入ってすぐに私はこの店が気に入ってしまった。ソファーもカーテンもネイビーなのである。ネイビーは私が最も愛する色である。シャツもネイビー、靴もネイビー、トランクも、万年筆のインクも、帽子もマフラーもみんなネイビーである。とにかく何か色を選ぶことがあれば、私はネイビーを選んでしまうので、最近では意識的に無理矢理違う色を選ぶことさえある。自転車は黒。スリッパはペパーミント。

 入口のすぐ横に獣神サンダーライガーと天山広吉のサインが二枚だけ貼られている。コンポからは確かに何かの音楽が流れているけれど、あまりに音が小さく、まるで無音だった。私の他には青年が一人いるだけだったが、彼からも何の音も出ていなかった。メニューは結構がっつりとしている。気がつけば夕飯を食してもいい頃合いになっていた。初めての店ではブレンド、という謎のこだわりがあるにはあったが、最初の店で飲んだアイスコーヒーの酸味が結構効いていて、ここでは普通に唐揚げ定食を頼むことにした。厨房の方の壁には「時間が無い!! → Bランチ 単品がらみは時間がかかるよ」と張り紙がしてあり、単品がらみという言い方に少しひっかかったが、幸い私にはこのあと何の用事もなかった。次は時間のない時に来てBランチにしてみようかと思う。唐揚げは非常にがっつりしており、学生向けの店なのかなと思った。張り紙のフレンドリーさもどこか年下に話しかけるような雰囲気だ。

 店内にはなぜか変な形をした鏡がいっぱい貼ってあった。マスクをしているのをいいことにひげを随分剃っていない阿呆面が反射率の低い歪な鏡にうつっている。明日は髭を剃ろう。心に誓った。

 店を出ると真っ暗で、昼間のうちはちょうどよかったスプリングコートではまだまだ寒かった。私の隣を半袖半ズボンの青年が物凄いスピードで駆け抜けていった。

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