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品品喫茶譚 第二十二回『東京 駒澤大学 パオ』

by 世田谷ピンポンズ

 四月上旬の浮ついた空気の中、私は近くの大学の構内のベンチに腰掛けている。キャンパス内では新入生が健康診断の為に列をなし、広場や校門ではアメフトのユニフォームを着たサークル勧誘の学生たちが強引ともいえるような勢いでチラシを配っている。マスクをしているせいで年齢が分かりづらくなっていることもあり、危うくチラシを配られそうになった。もう二十年近く前のことになるけれど、このきわめて既視感のある光景に動悸がした。

 駒澤大学が私の母校である。ずっと京都の大学を目指していたものの、不意にやってきた、かの大学の合格通知に私の心はあっという間に東京に寝返った。

 入学式の日は雨だった。桜が散り始めていた。学長が「ぜひサークルに入って下さい! みんなサークルで友を得、自分の居場所を見つけているのです!」と高らかに言った。式が終わって外に出ると、どうやったのか、すでに友達を見つけた面々がはしゃいでいた。あのはしゃぎ方はきっと経営学部だろう。とてもついていけない。

 私は草サッカーがしたいと思っていた。そこできっと友達が見つかるだろう。

 最初の頃はガイダンスや健康診断で日々が過ぎていった。その間、校門付近で絶えず行われていたサークル勧誘には一切目を背けて歩いた。私は知らない人と喋るのが著しく苦手だった。それでも構内に貼ってあるポスターだけは横目でチラ見し、草サッカーサークルの部長のメルアドをメモした。ある夜、思いきってメールすると、すぐに「大歓迎だから、明日の昼に中庭のサークルのベンチに来てよ」とフレンドリーな感じの返信が来た。

 中庭には「パオ」という学食兼カフェテラスがあって、その周りに各種サークルのブース(ベンチとテーブル)があった。そこは誰かの居場所で、もうすぐ自分の居場所にもなるはずである。期待に胸を膨らませながら私は眠りについた。

 次の日、私は中庭に行かなかった。私の気持ちはこうだった。

「始めたら、始まってしまう」始めたいのに、何より始まってしまうことが恐ろしすぎて、昼になるとすぐに電車に飛び乗った。かくして私はサークルに入るタイミングを逃すと同時に、友達と自分の居場所を作ることに失敗した。それからなんとなく中庭を避けるようになり、少しすると中庭を嫌悪さえするようになった。そこは、はしゃいだサークル学生のたまり場であり、「パオ」はその象徴だった。中庭を見ていると友達作りに失敗した自分がひどく惨めに思われ、反感と反発、何よりとめどない虚しさが襲ってきた。

「始めたら、始まってしまう」それは私が私にかけた呪いだった。結局、この呪いは四年間、私を苦しめた。

 数年前、何かの理由で大学関係の書類が必要になって、一度だけ駒澤大学を再訪した。東急田園都市線・駒沢大学駅を降り、かつて嫌というほど歩いた長い地下道を通り、久しぶりに学生たちに混じって246沿いを大学までつらぬく一匹の大蛇の一部になった。大学は何にも変わっていない様に思えた。歩を進めれば進めるほど時間が巻き戻っていく。いつも使っていたトイレに当たり前のように入り、事務局を目指して歩いていると、卒業後の自分は全て幻で、いまなお私はこの大学の学生なのではと錯覚してしまいそうな気持ちになった。知り合いがいないのはいまもあの頃も同じだったから余計そう思えた。

 中庭の方へ歩を進めると「パオ」がなくなっていた。一度も足を踏み入れることのないまま「パオ」がなくなっていた。思い返すことも記憶の片隅に置かれることもない、何の思い出もない場所がなくなっていた。痛くもかゆくもないはずなのに、私は少し寂しかった。

 

 喫茶譚なのに珈琲の一杯も飲まないまま話が終わってしまった。

 あの日の昼、サークルのベンチに行っていたら、自分はいまどんな風に生きていただろう。春の圧迫感に、始まってしまうことを恐れる呪いに、この学生たちが襲われることのありませんように。そう思いながら私は近くの大学をあとにした。

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